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「や、さうですか。僕も今そこから帰るところです」
このどこの誰とも判らない相手を満更知らぬでもないらしい様子を見せながら、房一は手早く書きこむと、
ふと気づくと、玄関に人が立つていた、半シャツの男だ。瞬間、又来たな、と思つた。
「それが、その、来ないわけがあるのさ」
「さうよ。てめえはその大将だらう」
「あ、さうだ。お茶、お茶。おい、お茶を出してくれ」
「あの山に田地を注ぎこんで裸になつたのは三人、わしも知つとる」
が、それは徳次であつた。
間もなく千光寺の山門を出た房一は、殆ど人通りと云つてはない一本町の本通りを更に上手へと歩いて行つた。両側には軒の低い、一体どんな商売で暮しを立てているのか判らないやうな、古障子を閉めきつた家が並んでいた。その間々にちつぽけな、素人しろうとくさい塗り方をしたニス枠の飾窓に、すぐに数へられる位にばらつと安物の時計を並べた家や、埃の一杯かゝつている雑穀屋の店さきなどがはさまれていた。まつ昼間だと云ふのに、通りには殆ど人の気配がなかつた。或る家の前の土間では、犬が一匹、その犬は捲の尻つぽをくるりとさせたまゝ、腹を地につけて坐りこみ、いかにも興味がなささうな、誰か通るから見てやるんだぞ、と云ふやうな様子で房一を眺めていた。その少し先きの家の縁側では女の子が二人、くたくたに古くなつて、紅いつけ色の滲んだ布ぐるみの人形をいぢつていた。口を利かなかつた。たゞ肩さきを擦りつけて手さきを動かしているだけだ。それで、寝かされたり、起されたり、とれかかつた手をぶらんとさせたりする人形よりも、黙りこくつてそれをいぢつている女の子達の方が、この薄ぼんやりした通りに似合つて、もつと人形染みていた。
と、ゆつくりはじめた。
「笹井?――御隠居さんが云つたのかい」